平成25年度司法試験刑法(玲子の指導)1
玲子のもとに郵送で答案が送られてきた。
送り主を見ると、かつての後輩だった。
送り状には「添削よろしくお願いします」と書かれていた。
「どうせ送るならメール添付の方が早いのに」
そうつぶやきながら、考える。
今の自分では、もう試験のことはよくわからないから断りたい気はする。でも、私にわざわざ送るぐらいだから、よっぽどせっぱつまっているのかもしれない・・・
冬は受験生にとってさみしくなるし、かといってこの冬が明けてしまえばまた試験のシーズンに入ってしまう・・・
「しょうがない、見てみるか」
ということで、平成25年度の司法試験の問題を見てみた。
流れとしては、甲と乙がいて
①甲がAに睡眠薬を飲ます
②甲がB車のトランクにAを入れる。
③甲は乙に、B車をとある人気のない(はずの)駐車場で燃やすことを命じる(乙に対して、Aを殺すことは知られないようにする意図)
④乙は、途中でトランクの中にAがいることに気づく
⑤乙は、Aの口をガムテープでふさぐ
⑥Aは、乙の運転中に、鼻で呼吸ができなくなり、窒息死する
⑦乙が駐車場につくと、何台か車が止まっていた。
⑧乙は気にせずB車を燃やす
⑨もう少しで他も車も燃えそうだったが、偶然もあって、他の車には燃え移らなかった。
という問題。
答案構成としては
乙
殺人→早すぎた構成要件の実現
放火→公共の危険の発生の有無・その認識の要否
甲
殺人→実行の着手・因果関係
放火→公共の危険の認識の要否
だと考えた。
「論点少なすぎない?」
と玲子は思ったが、
「昔も、私が気付かない論点なんかあきれるほどたくさんあったから、今思いつかなくても全く不思議はないわね」
と自分を納得させて、答案を読み始めた。
「よしよし、乙について実行の着手を問題にしているな」
玲子は、自分の予想が当たっているらしいことに安心した。
しかし、すぐに機嫌が悪くなる。
「なんなの、この規範、①先行行為の危険性、②後行行為との密接性?
それ、何で出てきたの?」
規範を記載する際に最低限度の理由を書くのは当然だし、特に実行の着手という大論点に対しては、特に慎重に書く必要がある。
この答案を規範では、理由がないし、規範としても不十分だし、その結果当然ながら説得力がない。
「こんな規範でどうやってあてはめるってのよ」
規範がよくないと、あてはめもダメになる。
あてはめがダメになると、配点部分を落とすことになり、点が伸びない。
当然のことだが・・・
そんなことを考えながら、一方で、今日の玲子はあまりこの後輩を怒る気になれなかった。それよりもこの論点に興味がわいたからだ。
「この論点って、①実行行為性、②殺意、のどちらを問題にするのかしら」
玲子の思考は次のようなものだ。
①実行行為性とは、先行行為が殺人の実行行為性を有しているかどうか、という問題だ。しかし、実際にその先行行為から人が死亡している以上、殺人の実行行為性があることは明らかではないだろうか
②の殺意の問題はどうか。この場合、『後行行為により殺そうと思っており、先行行為時点では殺意がなかったのではないか』という問題提起になる。これは自然な問題提起だ。
ということは、実行行為性は問題にならないのだろうか・・・
と考えて、ようやく思い至った。
「甲と乙は同じじゃないんだ!」
玲子の思考を記載すると、次のようになる。
①乙の場合
先行行為から死亡した。
②甲の場合
先行行為からは死亡しなかった。
②先行行為から死亡しなかった場合には、それでも 先行行為が殺人の実行行為といえるのかが問題になる!①の場合は、問題にならない。
一方、①も②も、後行行為による殺人は予定されている。だから、①も②も、先行行為時点における殺人の故意が問題になる!
(ついでに言えば、より②の方が問題になる。なぜなら先行行為では死亡しないから)
これですっきりした玲子は、再び答案を読み始めるのであった。