玲子のもとに、又答案が送られてきた。
今度は平成28年度新司法試験刑法だ。
「私もひまじゃないんだけどなあ」
とひとり呟きつつも、やはり後輩のための添削にかかる。
まずは問題文を読む。
さすがに新司法試験は問題文が長い、そして、その長い文章の中に、拾うべきものがちりばめられている。
いまの玲子は、そのちりばめられたものを、落とさず拾おうとして読むことはない。そういう読み方は受験生のすることだ。玲子は、問題になりそうなところを見つけ出し、後輩の答案にそれが反映されているかどうかをみる、それだけの仕事だった。
何とか答案のイメージを作った後、玲子は答案を読み始める。
「強盗予備罪?」
玲子は2行目のその文字に眉をしかめる。
書いてはならないというわけではないのだろう、しかし、
「一応書きました」
という感じでもない。
「こんなところにどんだけ紙使ってんのよ、配点があるとしても1点ぐらいでしょ」
とてきとうに配点を予想しつつ、読み進める。
玲子は成長したのだ。もう、強盗予備罪を書いているぐらいで、取り乱したりはしない。
「うんうん、なかなかちゃんと書いてるじゃない。そもそも乙から書いているのがいいわよね」
玲子は誉めることまで覚えたようだ。
・・・
しかし、さすがの玲子も、これには耐えられなかった。
「横領罪!!」
(事案はこういうものだ。まず甲が乙に犯罪をそそのかした、その後、やっぱりやめるように乙に伝えた。しかし、乙が実行してしまい、500万円を手に入れ、甲には「ちゃんと犯罪はやめましたから」とうその報告をした。ここで、甲に対して嘘をいって500万円を免れた行為を、答案では横領として扱っているのだ)
「お前は犯罪者の味方かー!だいたいこの500万円って、別に乙が甲から預かったものとかじゃないだろー。それを横領とかふざけんな!」
「だいたい、こんなとこに配点なんかあるわけないし、もしあってもきっとマイナス1点よ、マイナス」
「これで、山ほど書いて稼いだ強盗予備罪の1点が帳消しになったってわけよ」
などなど、散々わめいて、玲子は一度落ち着くために、紅茶を淹れに行った。
(中身の話にまでいかなかったが、これはやむを得ない。このように書く受験生がいる以上、玲子もそれに対してコメントするよりないのだ。もちろん、この玲子のコメントが正しい保障もまた、ないのだが)